佐藤浩市の父は三國連太郎!華麗なる映画一族を調査!
数々の名作に出演し続けるヒットの役者、佐藤浩市さんの父が、名優・三國廉太郎さんだと言われていますが、本当なのでしょうか?
佐藤浩市さんと三國廉太郎さんには、共演者も言葉を失うほどの確執があったのだとか…?
佐藤浩市さんと三國廉太郎さんの関係性について徹底解剖してみました!
佐藤浩市と三國廉太郎が親子!?確執のワケとは?
結論から申し上げると、佐藤浩市さんのお父様は三國廉太郎さんであります。
三國廉太郎さんの3番目の妻となる女性との子として、佐藤浩市さんが生まれました。
現在すでに三國廉太郎さんはお亡くなりになられましたが、生前は、「佐藤浩市と三國廉太郎の不仲」は業界でも有名でした。
では、なぜ佐藤浩市さんと三國廉太郎さんは不仲が続いたのでしょうか?
それは、佐藤浩市さんの幼少期にさかのぼります。
佐藤浩市さんが小学6年生の時に、三國廉太郎さんは「映画を作る」と言って、家族を捨て、家を出ていってしまったそうです。
それから佐藤浩市さんは母親に育てられ、数々の苦労や寂しい想いもしてきたのだとか。
佐藤浩市さんにとって三國廉太郎さんは「身勝手な父親」だったのかもしれませんね。
また、佐藤浩市さんも父と同じ俳優の道に進み、三國廉太郎さんと「美味しんぼ」で共演するも、その不仲さは共演者である羽田美智子さんも言葉を失ってしまうほどだったのだとか。
佐藤浩市さんは、俳優業を「サービス業」と言っていたそうですが、一方の三國廉太郎さんは、「そんな考えはおかしい」と反論し、険悪なムードになることもしばしばだったそうです。
「美味しんぼ」の話の設定上、父親と主人公には確執があったので、佐藤浩市さんと三國廉太郎さんはリアルな確執を演技の中で見せることとなり、この部分ではキャスティングに成功したと言ってもよかったのかもしれませんね。
佐藤浩市と三國廉太郎の確執が解けた瞬間とは!?
佐藤浩市さんと三國廉太郎さんはたびたび共演することがあっても、その仲の悪さは解けることはありませんでした。
しかし、ある時、「ANA」のCMで佐藤浩市さんと三國廉太郎さんは仲睦まじい姿で共演を果たしています。
あれだけ確執があると騒がれていた佐藤浩市さんと三國廉太郎さんは、なにがきっかけで和解したのでしょうか…?
一部の情報によると、三國廉太郎さんの喜寿のお祝いパーティーの席で佐藤浩市さんと和解したと言われています。
喜寿は77歳の誕生日をお祝いするもの。
逆に言えば、佐藤浩市さんは父である三國廉太郎さんのことを77歳になるまで許せなかったんですね。
三國廉太郎さんは90歳でこの世を去っているため、13年間は本当の親子として余生を過ごせたことは、佐藤浩市さんにとっても何よりもの親孝行になったのかもしれません。
佐藤浩市「俳優」という父との絆を語る!?
佐藤浩市さんは、父である三國廉太郎さんが亡くなると、父親としてはひどいものだったとしながらも、このような事をコメントしています。
「僕と彼との間に介在したのは役者という言葉だけなんです。」
この言葉の指す意味とは?
佐藤浩市さんと三國廉太郎さんとの間にはずっと深い確執があると言われてきました。
しかし、それは事実なのでしょうか?
もし、本当に父親が嫌いなのであれば、佐藤浩市さんは父と同じ「俳優」という職業を選ぶでしょうか?
もし本当に父親が嫌いなのであれば、同じ俳優となった後、共演するでしょうか?
佐藤浩市さんは自分でも気づかないうちに父親を求め、敬愛していたのではないでしょうか?
佐藤浩市さんにとって「俳優」は唯一、父である三國廉太郎さんと繋がっていられる共通点だったのだと思います。
佐藤浩市さんは、父・三國廉太郎をも越えるような名俳優として今後も語り継がれること間違いないでしょう。
佐藤浩市さんは三國廉太郎さんの息子として、名俳優になるべくして生まれてきた、そんな人なのかもしれません。
佐藤浩市さんが次に発表する作品、待ち遠しいですね!